桐生園加

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桐生園加(きりゅうそのか、9月22日)は宝塚歌劇団84期生の男役タカラジェンヌ。
愛称は「池ちゃん」、芸名から「そのか」。
身長は167cm。
出身地は神奈川県横浜市。出身校は神奈川県立舞岡高等学校(1年修了)。
所属事務所はオフィスミヤモト。
弟は5歳下と7歳下〔3〕。
ペットはシマリス〔3〕。

宝塚時代

ダンス力と演技力が高いムードメーカーのタカラジェンヌとして活躍〔1〕。

1996年に宝塚音楽学校に入学。
1998年に宝塚歌劇団の84期生として入団し、宙組公演「エクスカリバー/シトラスの風」で初舞台を踏む。
1999年に花組に配属される。

2006年に「Young Bloods!!」で宝塚バウホール公演初主演を務め、月組へ組替え。
「Young Bloods!!」では、組替えするのでやり残したことがないように充実し、最後は泣きながら稽古し、主演を務めることで1人では舞台が成り立たないことが身にしみた〔2〕。
組替えは同期もいないので不安だったが、自分を励まして前向きに臨んだ〔2〕。

2010年の「スカーレット・ピンパーネル」では小池修一郎に「得意なダンスを取り入れて、映画『王は踊る』のような感じでやってみては?」とアドバイスされた〔1〕。
2011年に「Dancing Heroes!」で宝塚バウホール公演主演、『バラの国の王子/ONE』でエトワールを務め、東京宝塚劇場公演千秋楽で宝塚歌劇団を退団。

退団後

女優として活動し「オフィスミヤモト」に所属。

入団前

出生時の体重は2720g〔3〕。
好きな事はバスケットボール〔3〕。

ミュージカルが好きで「劇団四季」や「音楽座」の舞台を観劇し、将来の夢は「音楽座に入る事」だった〔3〕。

小学4年生からバスケットボールチームに所属し、小学5年生から同じ教室でタップダンス、ジャズダンスを習い、学生時代はバスケットボール部に所属し、中学1年生の時に宝塚受験を決意してからは地元のバレエ教室に通っていたが、普通のバレエ教室だったので中学2年生の時からは宝塚受験スクールに通っていた〔3〕。

幼少の頃はやんちゃでいたずら好きだったので、母親のメイク落としのクリームを顔中に塗ったり、自分で自分の髪の毛を切ったりしていたので、押し入れに閉じ込められていた〔3〕。

幼稚園の頃はプールで父親に水中に投げてもらうのが好きだった〔3〕。

小学6年生の時に東京宝塚劇場公演「珈琲カルナバル/夢・フラグランス」を観劇。宝塚歌劇初観劇となる〔3〕。
先生にバスケットボールの強い中学校を勧められ、宝塚やダンスと迷ったが、普通の中学校を選んだ〔3〕。

中学校に進学してからシマリスを飼っていた〔3〕。

「白扇花集/スパルタカス」を観劇して「宝塚に入りたい」と思うようになり、中学生の頃に宝塚受験を決意し、中学卒業時に初めての受験で不合格になり、高校1年修了時に2度目の受験で合格した〔3〕。
両親には宝塚受験を反対されたが、頼み込んで「学校の成績を落とさない事」を条件に1回だけ受けさせてもらった〔3〕。
宝塚受験は1回だけの約束だったが、酷く落ち込んだ姿を見かねた両親にもう1回だけ受験を許可された〔3〕。
2次試験は受験番号に1次試験と同じ「7」が入っていたので「いける」と思っていた〔3〕。
面接にはAラインの可愛いワンピースを来て行った〔3〕。
合格発表では名前を見に行くのが怖くて帰ろうとしていたが、自分の名前を見た時は嬉しくて泣いて喜び、「強く願い努力を続ければ夢は叶う」という事を実感した〔3〕。

主演・エトワール

・宝塚バウホール公演
「Dancing Heroes!」
「Young Bloods!!」(初主演)

・エトワール
『バラの国の王子/ONE』(退団公演)

情報ソース

1、「フェアリーインタビュー」 ウィズたからづか 2010年10月号
2、『GO!GO!宝塚 組替え不安も「頑張れ、自分」/桐生園加』 日刊スポーツ
3、「波瀾爆笑!?我が人生」 宝塚GRAPH 2008年5月号

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