あうら真輝(東小雪)

あうら真輝(あうらまき、2月1日)は宝塚歌劇団91期生の男役タカラジェンヌ。
芸名は「魂の輝」という意味のラテン語から名付けられた〔1〕。
愛称は芸名から「あうら、マキ」。
身長は170㎝。
感情が表に出るタイプのレズビアン〔4〕。
出身地は石川県金沢市。出身校は北陸学院中学校・高等学校(卒業)。
母親似〔22〕。

6人家族(増原裕子、ゲイカップル、レズビアンカップル)〔18〕。
自身の経験から「家族に血のつながりや性別は関係ない」と思っているので、他のカップルとも一緒に子育てしたい〔9・18・19〕。

妻はLGBT研修講師、トロワ・クルール代表取締役の増原裕子。
増原裕子は論理的でクールな性格で、何事にも「大丈夫だよ」というタイプ〔4・24〕。
両親が素敵で羨ましいので当たってしまった事があるが、今は喧嘩していない〔13・18〕。

母親とは結婚式から2年以上連絡を取っていない〔17・22〕。
距離を置いた事で客観的に見られるようになり、夫が娘を性の対象にし祖母にもおかしなこだわりがあったので「母も傷付いていた」と思い、一緒にカウンセリングを受けたかったが耳を傾けてもらえなかった〔12・13・17・22〕。
「もう一度関係を作ってみたい」、「そこそこ元気でそこそこ幸せでいてくれたらいい」と思っている〔13・22〕。

カウンセラーは「ACIMカウンセリングルーム」の岩本令子。

趣味は読書(「働く君に伝えたい「お金」の教養」)、演劇鑑賞〔1・14〕。
集めている品は帽子、アクセサリー〔1〕。
好きな花は百合、バラ〔1〕。
好きな色はラベンダー色、銀色〔1〕。
好きな食べ物は洋菓子〔1〕。
好きな飲み物はコーヒー〔1〕。

理想は風通しのいい家族〔18〕。
若者を生き辛くしているのは「お金の話をしてはいけない」という風潮〔14〕。
若者に大切な事は、経験に投資し要らない物を知る事〔14〕。
稼ぐ事は自由になれるので健康な事〔14〕。
大人になって良かった事は、自分の判断で飲み物を買える事、水筒を持って出掛けられる事〔12〕。

「MYARO」で体の状態をチェックし瞑想している〔19〕。
日本人の父親には存在感の薄い父親が多い〔26〕。

宝塚時代

演じてみたい役は色々な役〔1〕。

タカラジェンヌは加害者になった時の話しはしない〔18〕。
宝塚音楽学校では上級生からの指導で睡眠、食事、入浴などをする時間も無い生活を強いられた〔18〕。

2003年に宝塚音楽学校に入学。
上級生から暴力を受けた〔12・18〕。

2004年に下級生に暴力を振るってしまった〔12・18〕。

2005年に宝塚歌劇団に91期生として入団し、花組公演「マラケシュ・紅の墓標/エンター・ザ・レビュー」で初舞台を踏み、花組に配属され、12月8日から休演。
精神のバランスを崩し舞台に立てなくなった〔4・9〕。

2006年に「落陽のパレルモ/ASIAN WINDS!」東京宝塚劇場公演千秋楽で宝塚歌劇団を退団。

退団理由

稽古、舞台、上下関係、いじめに耐えられずに精神のバランスを崩した〔4・9〕。

退団後

女優、LGBTアクティビスト、NPO法人レインボー金沢代表、株式会社トロワ・クルール取締役、文筆家・東小雪として活動。
「こゆひろサロン」主宰。

「自分をメディア化しよう」とは思っていなかったが、カミングアウトした事でイベントに呼ばれる機会が増え、パートナーと出会う事もできたので「良かった」と思っている〔15〕。
母親の影響で「外出先で飲み物を欲しがる事」「トイレに行きたがる事」は我儘だと認識していたが、増原裕子に「それは違う」と教えられた事でおかしい事に気付けた〔12〕。

安藤美姫が妊娠した時に「週刊文春」が「出産を支持しますか?」とアンケートを取ったので「大きなお世話」と思った〔24〕。

20代の頃は稼げなくて苦労した〔14〕。
23~24歳の頃は目標を失い、父親が病気になったので両親にレズビアンである事をカミングアウトしたが素っ気ない対応をされ、PTSDで鬱病になりリストカット、オーバードーズ、自殺未遂(二階から飛び降りて重傷)を繰り返し、「境界性人格障害」と診断されて閉鎖病棟に入院させられ苦しんでいた〔3・4・9・12・17・31〕。

2008年に父親が癌で亡くなる〔2〕。
2010年からLGBTアクティビストとして活動し、レズビアンである事を告白。
2011年に増原裕子の勧めでカウンセリングを受け、12月に「レインボー金沢」を立ち上げ代表を務める。「『女の子』が好きな『女の子』のための友だちづくりイベント」、「ピア・フレンズ for girls」の立ち上げメンバー・スタッフとして活動。

2013年3月1日に東京ディズニーシーの「ディズニー・ロイヤルドリーム・ウエディング」で日本のディズニーリゾート初の同性挙式し、「Tokyo SuperStar Awards」でコミュニティ賞を受賞。4月に「レインボー金沢」の代表を退任。12月に「株式会社トロワ・クルール」を設立。
母親に外出先で飲み物をもらえず、トイレに行かせてもらえなかった理由を聞いたら「すぐおしっこに行きたいと言って困った」「仕事が忙しかった」と答えた〔12〕。

2014年から文筆家として活動し、「ふたりのママから、きみたちへ」、「レズビアン的結婚生活」、「なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白」を発売。「ニコニコ動画」のニコニコ生放送で牧村朝子と「まきむぅ&こゆたんのレズビアンチャンネル」を運営。渋谷区神宮前に引っ越す。
「LGBTの理解が進みそうな場所に住みたい」「LGBTフレンドリーな議員がいる場所がいい」と考え、長谷部健がいる渋谷区に引っ越した〔16・27〕。

2015年に講演「同性パートナーと生きる」を開催。東京都渋谷区のパートナーシップ証明第1号となる。4月23日に「日本外国特派員協会」で記者会見を行った。
30歳の時に増原裕子が誕生日パーティを開催し、増原裕子の両親、友人、LGBTの仲間達にお祝いされたので「こんなに愛されてるんだ、愛されていいんだ」と思った〔22〕。

2016年に「女どうしで子どもを産むことにしました」を発売。講演「LGBTを理解する~同姓婚・新しい家族のかたち」を開催。
この頃まで母親の影響で難しい本を読む時に「あんたにはそれは読めないよ」という声が頭で鳴っていた〔22〕。

2017年に講演「LGBTについて知ろう~自分らしく生きるには~」を開催。

トロワ・クルール

LGBTによくある悩み事は自分を肯定できない、手本がいない、自分らしく働けない〔6・9〕。
「同性愛者」「性同一性障害」「性分化疾患」には共通する悩みもあるが、違う課題もある〔32〕。

レズビアンである事をカミングアウトする前はセクハラが日常茶飯事で嫌だったので、セクハラに遭わないために会社を立ち上げた〔3〕。
カミングアウトしても偏見からセクハラに遭うので二重の苦しみがあり、偏見を恐れて言い出せないので、カミングアウトされた時は「話してくれてありがとう」と迎えて欲しい〔3・6・15・27〕。
会社や学校でのオネエネタは止めて欲しい〔27〕。

日本ではレインボーフラッグを見かける事が少ない〔15〕。
女性には結婚や出産のような縛りがあるが、生き辛さを感じた時は諦めずに違和感を持ち続け、多様な生き方がある事を知って欲しい〔3・23〕。
いじめや自殺の問題もあるので、全国的に人権課題として取り組みを進めて欲しい〔27〕。
個性を理解して支援者になって欲しい〔8〕。

こゆひろサロン

地方のLGBTに仲間と繋がれる場所が無かった経験から立ち上げた〔16〕。

LGBT

高校2年生の春に親友の女子が「女の子と付き合ってる」とカミングアウトしてくれたので、親友への気持ちから自分がレズビアンだと気付いた〔3・4・9・16・27・30〕。
高校生の時は「結婚できず子供も持てない」と自分を責め、「親不孝」「親、教師、友人には絶対に言えない」と思っていた〔3・4・8・9・27・30〕。
学校の図書館にゲイの男性が書かれた同性愛の本があったが、借りられないので隅で読んでいた〔27〕。
女性だけの集団の宝塚歌劇団の中でもオープンにする事は難しかったので、在団中はカミングアウトできなかった〔32〕。

性虐待を受けたのでレズビアンになった訳ではない〔4〕。
性差別のある環境で育ったので、性差別がある事を知らなかった〔3〕。
LGBTアクティビストになってからフェミニズムに出会い、性差別がある事を知った〔3〕。
ニュースでアメリカ全州で同性婚が認められた事を知り、ゲイバー「ストーンウォール・イン」に向かった〔15〕。

母親からは「レズビアンは東京やニューヨークにはいるかもしれないが、金沢では会った事がない」と言われた〔30〕。
地方のLGBTは情報格差のため、インターネットが普及するまで仲間と繋がりにくかった〔6・16・27・30〕。

性被害

大事な事は自分を責めない事、本を読む事、専門家の力を借りる事、「いつか赦し合える」と思いながら生きて行く事〔13〕。

「自分の親が凄く変で、自分だけが凄く悲劇」と思っていた〔23〕。
3歳~中学2年生まで父親から浴室で性虐待を受けていたが、記憶に蓋をしたので覚えていなかった〔3・4・18・31〕。
性虐待が原因で小学2~3年生の頃から拒食症、視野狭窄、難聴になり、不登校になった〔4・31〕。

本に「母親をかばう」と被虐待児の特徴が書かれていて、増原裕子に勧められたのでカウンセリングを受けた事で、性虐待に遭っていた記憶を取り戻した〔3・4・12〕。
記憶を取り戻した事で「自分が汚れている」「ひろこさんにどう思われるか」と思い傷付いたが、増原裕子に「小雪ちゃんは何も変わらない」と言われたので救われ、8年間飲み続けていた大量の処方薬を飲むのを止める事もできた〔4・12・13・18〕。

「なかったことにしたくない」は亡くなった身内を悪く言う事に葛藤があったが、「加害者の秘密なので被害者が抱え続ける事はない」と思い書く事に決めた〔13・17〕。
父親に復讐したい訳ではなく、「性被害はあってはならない」と伝えたかった〔13〕。
母親には書いた時の気持ちをメールで伝え、本も送ったが返答は無かった〔17・22〕。
反響が大きく講演では「性被害を受けていた」という声が多かった〔3・23〕。
発売当時は批判がいっぱいあったが、今では賞賛もされている〔23〕。

母親には「止めて言ってほしい」と一度だけ言ったが無視されたので「言ってはいけない事なんだ」と思い、性虐待があった事を否定されているが、一緒に逃げたり離婚しなかったので「気付いていたが止めなかった」と思っている〔12・13・17・18・31〕。
生理になってから「お父さんとお風呂に入るのはやめなさい」と言われ、性虐待が止まった〔12〕。
「お父さんが悪いのでお母さんは悪くない」と言われた〔13〕。
泥仕合になったので罪悪感があり辛かったが、母親と距離を取る事を決意した〔12・13・22〕。

共謀罪はまだ被害者がいないので、性犯罪の厳罰化の方を先にして欲しい〔10〕。
子供に「相姦」は無く、子供に「自分がいけなかった」と思わせてしまうので、「近親相姦」という言葉の誤用は変えて欲しい〔13〕。
性被害者へのメッセージは「あなたは絶対に悪くない」〔3・23〕。

結婚

悩み事は家を借りるのが難しい事、共同名義でローンを組む事ができない事〔6〕。

「日本で法的に結婚したい」と思っている〔27〕。
ハワイでマリッジライセンスを取得した〔27〕。
法的な選択肢が無かったのでなかなか挙式できなかった〔27〕。
同性婚を認められても認められなくても同性しか愛せない事は変わらないので、「少子化に影響は無い」と思っている〔6〕。

増原裕子が論理的でグチを聞いてもらえないので喧嘩する事もある〔4〕。
食にこだわりがあるので「松竹梅理論」で相談し、食費以外で節約している〔14〕。

2011年の春に開催されたLGBTのシンポジウムでトークイベント登壇者とスタッフとして出会った〔4・9・27〕。
楽屋裏で増原裕子の周りが輝いて見えたので「この美しい人は誰!?」と思い、気になったので増原裕子のTwitterを見て読んでいた小説を読み、聴いていた音楽を聴いていた〔4〕。
増原裕子に一目惚れしてファンになったので、自分から告白して付き合い始めた〔4・9・18〕。

2013年にレズビアンカップルとして初めてディズニーで挙式。
ロールモデルのアルバムを見た事で挙式する事に決めた〔25〕。
どうしてもディズニーで結婚式を挙げたかったので「同性の挙式が可能か」と問い合わせたら、「同性同士の利用は問題ないが、片方がタキシードで片方がウェディングドレスなら可能」と返答が来たので「同性婚を認めてない」とTwitterでツイートし、批判が大きくなったので東京ディズニーリゾートがウォルト・ディズニー・カンパニーと相談した結果、1週間後に「両方ウェディングドレスでも可能」と返答が変わり、7000人以上にリツイートされ、個人的に挙式する予定だったが東京ディズニーシーでオープンに挙式する事になり、「Tokyo SuperStar Awards」でコミュニティ賞を受賞した〔9・15・21・27〕。
2人ともウェディングドレスなので費用が2倍になった〔2〕。
2人ともミニーマウスと一緒に写真を撮りたかったので、ミニーマウスが2人いれば良かった〔2〕。
挙式の際に「子供に悪影響だ」と言われたので残念に思った〔6〕。

母親に「結婚式に出席してほしい」と電話したら「父親からの性虐待をなかった事にするならお金を出し出席もする」と言われたので傷付き、「なかった事にする事は絶対にできない」と思ったので母親は出席しなかった〔9・17・22〕。
増原裕子の両親は出席し、父親のスピーチでは会場から拍手が鳴りやまなかった〔9〕。

2015年に東京都渋谷区が同性カップルに発行を始めた同性パートナーシップ証明書の第1号となる。
証明書は「すぐに取りに行きたい」と思っており、保証された安心感で絆がより深まった〔5・27・29〕。
窓口では担当者から「幸せな気持ちを感じてくれたら嬉しいです」と言われ、「認められている」と感じた事が嬉しく自己肯定感に繋がった〔28・29〕。

出産

子供が欲しい理由は異性愛の人と変わらない〔22〕。
「人間は母性と父性を両方持っている」と思っているので、父性を出す事は意識していない〔23・26〕。
心配事は子供がいじめられないか、コントロールする母親にならないか〔11・24〕。

被虐待児だからといって子供を諦める事は「被虐待児を否定する事になる」と気付いたので、不安はあるが子供が欲しい〔2・7・9・11・12・18〕。
東京都に里親登録できないか問い合わせた〔7〕。
子供を持つ事は「親のエゴや我儘」と思っていたが、ニューヨークで出会った同性カップルに「大切なのは誠実さ」と言われたので、話し合えて尊敬できて縁がある共通の友人のゲイカップルから増原裕子が精子提供を受ける事を決意し、「2人とも子供が欲しい」と思っているので「2人で同時にチャレンジ」と考えている〔9・11・18・22・23・25〕。
精子提供者には「子供自身が認知請求する権利は妨げられない」と伝えてある〔25〕。
ゲイから精子提供を受けたので「子供がゲイになるんじゃないか」と言われた〔25〕。

子育てでは子供の成長に合わせて色々な物を使って説明し、「話し合って乗り越えていきたい」と思っている〔9〕。

生殖補助医療、養子縁組、里親制度に関する法整備を進めて欲しい〔19〕。
書類の父母欄を「親1、親2」にして欲しい〔25〕。

入団前

両親の影響で演劇、ダンスを習っていた〔9〕。

母親に外出先で飲み物をもらえず、「トイレに行きたい」と言うと「我儘だ」と怒られた〔12〕。

情報ソース

1、宝塚おとめ 2005年度版~
2、「日本は変わった? 変わらない? LGBTのお二人に話を聞きました」 発言小町
3、「性被害、カミングアウトした思い 元宝塚の東小雪さん」 朝日新聞
4、「性虐待にカミングアウト…同性カップルが乗り越えてきた苦難」 朝日新聞
5、「はばたいて LGBTカップル・増原裕子さん、東小雪さん」 毎日新聞
6、「理解を 元タカラジェンヌ講演に100人 「身近な存在、支援者に」 鳥取 /鳥取」 毎日新聞
7、「「いずれは子供を持ちたい」元タカラジェンヌの東小雪さんら同性カップル 証明書発行から1カ月」 産経ニュース
8、「同性カップル第1号の元タカラジェンヌ・東小雪さん、「いろんな個性、支援して…」宝塚市で講演」 産経ニュース
9、「私の何がイケないの?SP」 TBS 2014年6月30日
10、「性犯罪厳罰化「後回し」懸念 「共謀罪」本格審議入り」 東京新聞
11、「「同性カップルも子どもがほしい」 LGBTの葛藤、共著でコミックエッセー」 東京新聞
12、「渋谷区で開始された同性カップル申請、第1号の、元宝塚・東小雪さんって?」 日経ウーマン
13、「母との今後、私のいま―東小雪さん」 日経ウーマン
14、「日本人が語らない「お金を稼ぐことは健康的」」 東洋経済
15、「宝塚史100年でたった一人のレズビアン。全米の「同性婚合法化」、ニューヨークで祝福の嵐を見た」 ぼくらのメディアはどこにある?
16、「「女の子が好き」が不安であり続けた、つながれる場が足りない――LGBT活動家・東小雪の次のアクション 」 ぼくらのメディアはどこにある?
17、「「性虐待は実は数えきれないほど起きています」 実父から被害を受けた元タカラジェンヌの衝撃的な告白」 ウートピ
18、「実父からの性虐待を受けた元タカラジェンヌが考える“暴力の本質”――生きづらい世の中を変えていくために」 ウートピ
19、「LGBT活動家・東小雪が伝える、ニューヨークで出会った4つの新しい家族のカタチ」 ウートピ
20、「日本からLGBTという言葉がなくなる日を目指して」 ウートピ
21、「LGBT、企業が支援 LUSHが同性婚OK、ゼクシィは毎号掲載」 withnews
22、「どう「母の呪縛」から逃れるか?東 小雪×ヤマダカナン 対談(前編)」 ダ・ヴィンチニュース
23、「「性虐待」を伝えるということ 東 小雪×ヤマダカナン 対談(後編)」 ダ・ヴィンチニュース
24、「女にとって「産む」とは何か?【鼎談 上野千鶴子×東小雪&増原裕子 <前編> 】」 ダ・ヴィンチニュース
25、「「産む」「産まない」は私が決めて何が悪い!【鼎談 上野千鶴子×東小雪&増原裕子 <中編> 】」 ダ・ヴィンチニュース
26、「男は子育てに必要か?【鼎談 上野千鶴子×東小雪&増原裕子 <後編> 】」 ダ・ヴィンチニュース
27、「LGBTが暮らしやすい社会――東小雪さん、増原裕子さんと同性婚を考える「やっぱり日本で結婚したい」」 ハフィントンポスト
28、「同性カップルに結婚相当の証明書 受け付け開始」 NHKニュース
29、「パートナーシップ証明書から1年、渋谷区の次なる取り組みは? 長谷部健区長「マジョリティに変化を起こせるか」」 ハフィントンポスト
30、「「LGBTの理解、大事なのは教育」 渋谷区長、世田谷区長、東小雪さん、杉山文野さんと考えるダイバーシティ」 ハフィントンポスト
31、「性犯罪被害者が語る、刑法改正を早く実現するべき2つの理由 「私は3歳から父に性虐待を受けて育ちました」 ハフィントンポスト
32、日本外国特派員協会記者会見

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