紫吹淳の退団理由・退団後・結婚

紫吹淳(しぶき じゅん、11月19日)は宝塚歌劇団72期生の男役タカラジェンヌ。

芸名は家族で考えた。

愛称は本名から「りか」〔2〕。

座右の銘は「努力は裏切らない」〔3〕。

身長は170cm。

秘密主義者で気を使う、ぼーっとした性格の社会不適合者〔3・5〕。

出身地は群馬県邑楽郡。出身校は大泉南中学校。

所属事務所はオスカープロモーション。

ばあやはマネージャーの菅由美子。

 

普段は自分から動かない〔2〕。

財布には常に30万円入っている〔3・4〕。

家事はお手伝いさんに任せている〔3・4〕。

コンビニには行ったことが無い〔3・4〕。

買い物の時は値札を見ない〔3・4〕。

 

昔は切符を当てれば改札口が開くと思っていた〔3〕。

バスの乗り方が分からない〔5〕。

結婚したら自分も夫も家事をしないようにしたいので、お手伝いさんを雇えるお金持ちと結婚したい〔6〕。

 

明石家さんまが大好きで、番組ではお似合いと言われた〔5〕。


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宝塚時代

ダンス力が高いタカラジェンヌとして活躍〔2〕。

ルックスからキューピーみたいな男役と言われていた〔3〕。

ファンの世話になった事でお嬢様になってしまい、社会不適合者になった〔5〕。

たまにハメを外して遊んでいた〔5〕。

ソロパートを務める舞台の前日のリハーサルでセットに足を挟まれる事故に遭い、6針縫う重症で3ヶ月間入院〔2〕。

 

1984年に宝塚音楽学校に入学。

1986年に宝塚歌劇団の72期生として入団し、星組公演「レビュー交響楽」で初舞台を踏み、花組に配属される。

1989年にニューヨーク公演の選抜メンバーを務める。

1992年に「スパルタカス」で新人公演初主演、「心の旅路」で新人公演主演を務める。

1994年にロンドン公演の選抜メンバーを務める。

1996年に星組へ組替え。

1997年に月組へ組替えし月組男役2番手スターに就任。

 

2000年に専科へ異動し、ベルリン公演「宝塚 雪・月・花/サンライズ・タカラヅカ」の選抜メンバーとして主演を務める。

「宝塚 雪・月・花/サンライズ・タカラヅカ」では主演の重圧から体調不良になり、喉のポリープが悪化した為、医者に休演を勧められたが、ドイツ語指導者・高島勲のサポートで舞台を続けることができた〔2〕。

ポリープの手術の為2ヶ月間休演〔2〕。

 

2001年に月組へ組替えしトップスターに就任。

2004年に「薔薇の封印-ヴァンパイア・レクイエム」千秋楽で宝塚歌劇団を退団。。

 

退団後

2004年に女優として「オスカープロモーション」に所属。

記者会見では女優宣言を行った〔3〕。

 

2013年からマネージャーにハメられてバラエティータレントとして活動〔3〕。

宝塚のイメージを壊す事になるので、バラエティー番組には出たく無かった〔3〕。

 

2014年に恩人の高島勲と再会〔2〕。

初めてコンビニと牛丼店に行った〔5〕。

 

2015年に洗濯機のスタートボタンを押すだけデビュー〔6〕。

『ガイズ&ドールズ』 を11月8日に観劇する予定だったが、マネージャーが日にちを間違えて座る席がなかったので、25日に観劇した〔7〕。

 

入団前

足腰が弱かったため両親の勧めで3歳からダンスを習っていた〔1・2〕。

中学生の時に背が伸びたためバレエを続けることを諦めたが、バレエが好きなので再開した〔1〕。

中学生の時にバレエ教室の先生に勧められて宝塚受験を決意し、中学校卒業時に初めての受験で合格した〔1・2〕。

 

主演・エトワール

・新人公演2回

「スパルタカス」(初主演)

「心の旅路」

 

・海外公演

「宝塚 雪・月・花/サンライズ・タカラヅカ」

 

関連ページ

トップスターの同期生:香寿たつき

所属:72期生花組月組星組専科


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情報ソース

1、「波瀾爆笑!?我が人生」 宝塚GRAPH

2、「徳光和夫の感動再会!逢いたいSP」 TBS 2014年12月28日

3、「“お嬢様キャラで注目” 元宝塚男役トップ・紫吹淳/<視線の先>インタビュー」 トレンドニュース GYAO

4、「私の何がイケないの?」 TBS

5、「痛快!明石家電視台」 MBSテレビ 2015年2月23日

6、「めざましどようび」 フジテレビ

7、『ガイズ&ドールズ』  宝塚トークサロン

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